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PROFILE OF KATSURA BUNSHI

BIOGRAPHY

六代 桂文枝の経歴

1943年7月16日生まれ、大阪府堺市生まれ。血液型O型。1966年、関西大学在学中に、桂小文枝(故・五代目桂文枝)に入門。1967年、ラジオの深夜番組に出演、] 1969年にテレビの司会に抜擢されてから、数々のレギュラー番組を担当する。1981年「創作落語」を定期的に発表するグループ・落語現在派を旗揚げし、現在までに300作以上の作品を発表。二度の文化庁芸術祭大賞、芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞した。2003年上方落語協会会長に就任。上方落語の定席「天満天神繁昌亭」建設に尽力した。 2006年秋には紫綬褒章を受章, 2007年には菊池寛賞を受賞。2012年7月16日、六代桂文枝を襲名。

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CHILDHOOD

幼少のころ

1944 –1959

好奇心旺盛で何にでも興味をもつ河村静也少年は、コーラス部に入ったり、絵画部に入ったり、演劇部に入ったり。人前に出ることと表現をすることは、この頃から好きでした。

1943年 7月16日   大阪府堺市北野田に生まれる
1950年 4月    大阪市立北恩加島小学校入学
1956年 4月    大阪市立市岡中学校入学
1959年 4月    大阪市立市岡商業高等学校入学.
のちのレツゴー正児、二代目桂春蝶らと出会う

 RAKUGO CAREER

入門前後

1960s

学生時代、関西の大学では珍しかった落語研究会「落語大学」を創部し、浪漫亭ちっくを名乗って活躍。ラジオやテレビの素人演芸コンクールにも出演し、鐘を鳴らしていました。23歳で落語家になり、24歳でラジオのレギュラー、25歳でテレビのメイン、26歳で歌手デビュー、27歳でテレビの冠番組。今までにまったく無かったタイプの落語家誕生です。

1963年 4月    関西大学商学部入学
1964年            落語研究会「落語大学」創設  浪漫亭ちっくを名乗る
1966年 12月1日 桂小文枝門下となり三枝と名付けられる

1967年 4月1日  落語の旅ネタを実践するために弥次・喜多スタイルで徒歩で伊勢参りを敢行
1967年10月2日  MBSラジオにて初のレギュラー番組
                                歌え! MBSヤングタウン」放送スタート

1968年10月        ラジオ関西の昼番組「桂三枝の歌謡曲だよ歌謡
                                落語研究会「落語大学」創設. 曲」にレギュラー出演

1969年5月1日    うめだ花月土曜寄席で初のリサイタル
                                桂三枝と遊ぼう」開催、1397人を動員して超満員に

1969年7月3日    MBS「ヤングおー! おー!」放送スタート
1969年8月1日    初のシングルレコード「夕陽のアンジェロ」(キングレコード)で歌手デビュー

Katsura Bunshi rakugo career
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落語

ACTIVE IN MEDIA

メディアでの活躍

1970s

「オヨヨ」「グー!」「アリィ」「みじめ」などの流行語も大ヒット。多分野にわたるたくさんの人との出会いが、やがて三枝ワールドともいうべき創作落語へとつながっていきます。

1970 年 1月   週刊平凡で「桂三枝のいうてこましたら」連載開始.

1970 年 3月24日    大映SF時代劇「透明剣士」で映画初出演.

1970 年     この年「あゝ独身」「男三匹やったるでぇ!」と映画3本に出演.

1970 年 4月        大阪新聞に「三枝のホネホネ半世紀」連載開始.

1970 年 4月1日 大阪厚生年金会館にて桂三枝リサイタル「思いっきり気障な男独演会」開催.

1970 年 4月5   OBCラジオ「ヒットでヒット バチョンといこう!

」放送スタート.

1971年1月31日   ABC「新婚さんいらしゃい!」放送スタート

1972年10月5日  KTV「ナイトパンチ」の1コーナーとして「パンチDEデート」放送スタート.

1973年1月12日   サンテレビ「上方落語大全集」始まる.

1973年1月27日 千里繁昌亭を企画。落語定席始まる.

1973年10月7日 KTV「パンチDEデート」1番組として独立.

1974年7月13日 NHK初のレギュラー番組「土曜ひる席」放送スタート.

1974年7月24日「上方落語をきく会」(北御堂)にて初の新作落語会が開催される 桂三枝「英才教育」

1974年 「オヨヨ! グー!」大流行.

1975年 第4回 上方お笑い大賞 金賞.

1976年7月 NET「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」で「電線音頭」が大ヒット.

1976年「アリ? みじめ!」などのギャグが大流行.

 

1977年2月4日 大阪厚生年金会館で独演会開催.
1977年9月8日 ABC「三枝の国盗りゲーム」放送スタート.
1977年9月5日 KTV「クイズDEデート」放送スタート.
1977年12月31日 NHK「紅白歌合戦」に初出演.

1979年3月28日「枝雀・三枝二人会」(朝日生命ホール)開催.

1979年5月23日 池田市民文化会館にて「小文枝・三枝親子会」を2日間開催.

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FLOURISHING OF RAKUGO

創作落語の花開

1980s

メディアでの活躍が続く中、落語への情熱も熱く「グループ・落語現在派」を結成し創作活動を始めます。創作落語「ゴルフ夜明け前」は芸術祭大賞を受賞し映画化されました。

1980年3月12日   KTV「三枝の爆笑美女対談」放送スタート.
1980年4月4日    京都花月で独演会開催.

1981年     第1回花王名人大賞 落語部門名人賞.
1981年     第10回上方お笑い大賞 大賞.

1981年3月17日 「グループ・落語現在派」を結成。第1回「創作落語の会」を梅田バーボンハウスで開催.

1981年8月6日  KTV「三枝の愛ラブ! 爆笑クリニック」放送スタート.

1981年11月8日第一回「落語現在派宣言!!」(新宿・紀伊國屋ホール)を開催.

1982年  第2回 花王名人大賞 大賞/落語部門名人賞.

1982年 第19回 ギャラクシー賞 選奨.

1982年4月7日 ABC「浪花なんでも 三枝と枝雀」放送スタート.

1982年7月「桂三枝爆笑落語大全集」を出版 以後、続刊.

1983年 大阪府民劇場奨励賞(昭和57年度).

1983年 第38回 文化庁芸術祭 芸術祭大賞.

1983年 5月22日 第1回「桂三枝の熱闘ひとり会」開催 地獄八景亡者の戯れ」に挑戦 、1時間40分の長編となる.

1984年    第4回 花王名人大賞 特別功労賞.

1984年2月  創作落語「ゴルフ夜明け前」を花王名人劇場で舞台化(吉祥寺・前進座)

1985年   第13回 日本放送演芸大賞 特別功労賞.

うめだ花月にて「三枝meets談志」を開催.

 

1986年11月  大阪フェスティバルホールにて、芸能生活20周年記念リサイタルを開催.

 

1987年12月 創作落語を映画化した「ゴルフ夜明け前」公開記念のチャリティゴルフを開催.

 

1988年10月  フジテレビ「クイズ! 年の差なんて」放送スタート.

1988年11月若手育成の「芸能維新塾」を開講.

 

1989年10月 NHK朝の連続テレビ小説「和っこの金メダル」にバレー部部長役で出演 .

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THOUGHTS ON RAKUGO

落語への想い

1990s

平成4年に師匠の小文枝が五代目桂文枝を襲名。一門の総領弟子として、上方落語史上最大規模といわれた華々しい襲名披露行事を先頭になって支えました。上方落語界の将来へ想いを馳せるようになります。

1990年9月  なんばグランド花月にて米朝・小文枝・枝雀・三枝の「激突四人会」を開催.

1991年9月  八代亜紀とのデュエット曲「熱海あたりで」を発売

1992年8月   師匠である桂小文枝が五代目文枝を襲名

1993年4月「創作落語の会」平成PART2として心斎橋で復活

1996年   第25回上方お笑い大賞 秋田実賞


1997年2月  ハワイで独演会を開催


1998年4月 朝日新聞「桂三枝の笑ウィンドウ」連載開始
 

高座写真サンケイ(90)
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HEAD OF RAKUGO

上方落語協会長として

2000s

還暦を迎えた平成15年、上方落語協会6代目会長に。就任後の大仕事は60年来の悲願である上方落語専門の寄席を作ることでした。3年後に天満天神繁昌亭がオープンします。

2000年3月17日うめだ花月にて「桂三枝の創作落語125撰」スタート.

2001年     VHS・CD版「桂三枝大全集~創作落語125撰~」(キング)を発売開始.

2002年6月 なんばグランド花月にて「談志・三枝ふたり会」開催.

2002年 函館大学客員教授に就任.

2003​年7月23日上方落語協会第6代目会長に就任.

2003​年 第58回 文化庁芸術祭 芸術祭大賞.

2004年1月 サンケイホールにて『米朝・三枝ふたり会』を開催.

2004年 武庫川女子大学で特別講義を開始.

2005年3月12日 文枝師匠 逝く.

2005年 平成17年度関西大学客員教授就任.

2006年   第56回 芸術選奨 文部科学大臣賞.
2006年  五代目文枝の碑 建立 除幕式(高津神社).
2006年   鈴本演芸場「特別興行」に出演 (4/11~20).

2006年 9月15日 落語専門の寄席「天満天神繁昌亭」開席.
2006年  紫綬褒章 受章.
2006年 大阪文化賞 特別賞.

2007年 2月18日 KTV「R-1ぐらんぷり」審査委員長をつとめる.
2007年 3月4日 DVD「桂三枝 創作落語 自撰・特撰・三四撰」発売.
2007年 平成 19年度 外務大臣表彰.
2007年 第 55回 菊池寛賞.

2008年1月15日 シンガポール公演.
2009年8月15日 池田社会人落語名人会開催.

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大阪レジスタンス

FAME OF BUNSHI

六代桂文枝襲名へ

2010s

上方落語協会長として八面六臂の大活躍。
おりからの落語ブームの一翼を担います。そして上方落語界の大名跡である文枝の六代目を襲名することになりました。

2010年7月16日     京橋花月で「桂三枝の笑宇宙」スタート.
2010年11月15日「高知県観光特使」委嘱状交付式(京都霊園護国神社).


2011年    第62回 日本放送協会 放送文化賞.
2011年4月1 上方落語協会が公益社団法人となる.
2011年4月20    CD ・DVD「桂三枝の笑宇宙」シリーズ発売開始(よしもとアール・アンド・シー).
2011年4  NHK「西方笑土 落語∞創 新しい口」放送スタート.
2011年5月13    上方落語協会会館の建設を発表.
2011年7月16     一年後に六代桂文枝を襲名することを発表.
2011年10  「上方落語寄席発祥の地」顕彰碑 建立 除幕式(坐摩神社).
2011年12月18  NHK「桂三枝の演芸図鑑」放送スタート(全12回).

2012年3月14なんばグランド花月にて「最後の三枝まつり」開催.

DVD「花王名人劇場 桂三枝たったひとり会」発売開始 (よしもとアール・アンド・シー)
2012年  平成24年度関西大学客員教授就任.
2012年4月  建築家・安藤忠雄氏設計による「上方落語協会会館」完成.
2012年7月 NHK「三枝の落語創世記」放送スタート.
2012年7月16日 六代桂文枝を襲名.

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NEW ERA OF RAKUGO

新たな落語の時代へ

2020s

ライフワークとして取り組んできた創作落語が300作に到達。
作り続けた自作の演目は上方にとどまらず、東京の落語家にも広く演じられている. 新たな目標は、創作落語500作達成!

2020年

なんばグランド花月「六代 桂文枝 創作落語No.300発表記念落語会」にて 創作落語300作目「ハッピー

・エンジェル」発表
2021年

・天満天神繁昌亭にて 「夢みる二人会」スタート
・兵庫県立芸術文化センター 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2021 喜歌劇「メリー

・ウィドウ」出演(ニエグシュ役)
・東京大学 安田講堂「春風亭昇吉 真打昇進披露落語会」に出演

2022年

・ABC 「新婚さんいらっしゃい!」 卒業
・天満天神繁昌亭にて「翌檜の会」スタート
・吉本興業110周年感謝祭 笑って元気に!️いらっしゃーい!! ツアー
「桂文枝の 落語家55周年記念 独演会」スタート
・なんばグランド花月「落語家55周年記念独演会」
西川きよしさんと漫才コンビ「コツコツブラザーズ」として漫才を披露

2023年

・大阪天満宮にて「桂文枝 傘寿記念落語会」開催決定会見・健康祈願参拝
・BSよしもと「桂文枝の『全国の首長さんに逢いたい!』」放送スタート
・YouTube桂文枝公式チャンネル「桂文枝の『全国の首長さんに逢いたい!』」
・なんばグランド花月を皮切りに「桂文枝 傘寿記念落語会」スタート

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